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1-3.黒い天使

冬宮と別れた後、キサはある部屋へと向かっていた。
研究所の最奥にある検体室。
以前は立ち入り禁止だったが、今となっては意味を成していない。

「ここだ……」

検体室の前には小さなネームプレートが掛けられている。
そこには「オリジナル」と書かれていた。
キサはゆっくりと扉を開け、中へと入る。

「ここが……クローンのプラントだったはず」

部屋の中央には円柱状の培養槽が複数鎮座していた。
しかし、そのどれもが無残にも割られ、中の液体は空になっていた。

「やっぱり、もういないか……」

キサは培養槽に触れる。
ひんやりとした感触が伝わってくる。

「クローンのプラントがここだったなら……きっと、ここに……」
「ここに何があるの」

突然、後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこには真っ黒な天使がいた。

「君は……?」
「ノワール」

キサの問いに、ノワールと名乗る少女は短く答える。

「それで、ここに何があるの」
「……いや、もう何も残ってないよ。ここはもうただの廃墟だから」
「そう……」

ノワールは少し残念そうに呟くと、ゆっくりと歩き出した。
そして、空っぽの培養槽の一つを覗き込んで呟く。

「私を知る何かがあればよかったんだけど」
「……君は、何を探しているの?」

キサは尋ねる。
ノワールは培養槽の中を見つめながら答えた。

「昔の私を知る何か、私の中の違和感の原因……とか」
「違和感?」
「そう。私は、何かを忘れている気がする。本能的な部分、と言ったほうがいいか?ここに引き寄せられる、何かがあると思っている」

ノワールはそう言うと、培養槽の前から離れる。そして、キサの方を見る。

「お前は何かを探している?それとも、誰かを待っている?」

ノワールの問いに、キサは一瞬答えに詰まる。しかし、すぐに口を開いた。

「探してる」
「そう」

キサの答えを聞いたノワールは、興味なさげに頷く。
そして、そのまま立ち去ろうとしたが、足を止める。

「……ねえ」
「なに?」
「お前の名前は?」

ノワールの問いに、キサは答える。

「……キサ。キサ・ウィンターズ」
「そう、キサ。私と組まない?」
「組む?」

突然の提案に、キサは困惑する。
しかし、ノワールは気にせず続ける。

「私たちは互いにここに用がある。探すものがある。なら、協力した方がいい」
「なるほど……」

確かに、キサたちの目的はこの研究所にある。
しかし、ノワールの目的がわからない。
キサは少し迷ったが、結局了承することにした。

「わかった。協力する」
「そう。なら、明日も待ってる」

ノワールはそっけなく返事をすると、そのまま歩いて行ってしまった。

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