□年〇月×日。この日は一日中、雨が降っていた。
ぼんやりと見つめる、何百回と繰り返した世界は今日も、いつも通りを映し出していた。
静かに降る小雨がすべてを濡らしていく。
帰路を急ぐ人。はしゃぐ少女。他者多様に過ごす日々を観測していた。
あんなにはしゃいでさ。この後、トキハがこけるんだよなぁ。
そんなことを呟いた瞬間、目の前で盛大に少女が水たまりに突っ込んでいった。
ああもう。あの子は本当にお転婆な子だった。
泣きべそをかきそうなトキハを支えるように、ミナトが寄り添って帰っていく。
ここにいるボクに気づかないように、すれ違っていった。
そう。
この世界は誰もボクを認識しない。
過ぎ去った日々を繰り返すだけの、世界。
ボクはこの世界に干渉することはできない。
でも、僕が関わる事のない世界に、酷く安心した。
喰らい尽くした全てがここにあった。
それだけでよかった。
「こんなところでぼーっとしてると風邪引くぜ?」
「……っ!?」
反射的に振り返ってしまった。
完全に油断していた。
もうボクを認識できないはずだったから。
振り返った先にはけらけらと愉快そうに笑う、仮面を付けた奴がいた。
「ふはっ、相変わらずいい反応するなぁ」
突然のことでうまく頭が回らない。
明らかに奴だけはこの世界でイレギュラーだった。
ボクを認識している。
過去の記憶ではない。今ここに、仮面野郎はいるのだ。
「……どう、やって……ここに入ってこれたの」
「どうって……いつも通り?」
「いつも、なわけないの」
グルグルと威嚇してしまう。
それを気にせずに仮面野郎はボクの隣に立つと、同じように雨の降り続ける世界を見つめた。
「ここは、きみの夢?」
「夢……じゃないの。記憶」
「記憶? 夢じゃなくて?」
「そう。世界の、記憶」
どうも調子が狂う、と思ったが昔から対外こいつはそういう奴だったと諦めて溜息を一つついた。
怖いもの知らずにしたってほどがある。
「……帰るなら早めにしたほうがいいの。ここは先も後もないけれど、数千の時を繰り返している。本来あるべき場所からどんどん離れていくことになるの」
「それは困るな。でもまぁ、すぐに帰るってわけにはいかないんだ」
「……なの?」
ボクは首を傾げる。
そもそもこんなところまでやってきて、こいつは何しに来たんだろうか。
「そうだな……。うん。きみに会いに来たって言えばわかる?」
「……は? ……はぁ!?」
「あはっ、その反応も懐かしいな!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、仮面野郎は気にした様子もなかった。
「んな、な、な、な、なんのことかテティスはわかんないの!?」
「きみって本当に分かりやすいね」
「う、うるさいの!そもそもテティスと君は初対面なの!!」
「えー? ようやく見かけたから話しかけたのに、灰猫ちゃ……っ」
咄嗟にフードを引っ張って奴を黙らせる。
「……ダメ、なの。それはダメなの。ボクの名前は、テティスなの。」
「テ、テティス?」
「そう。だから、思い出さないで。僕を」
世界を構成する魔術をほどいていく。
崩れて、剥がれていく。
後で反動凄そうだなぁと思いながら、それでもそうせざるをえなかった。
「もしこの世界線を覚えてても、僕には何も言わないでよね。ばーか」
最後にそう付け加えて、夢から覚めた。
「おーい、仮面野郎」
名前を呼ばれて、意識が覚醒する。
「……灰猫ちゃん?」
「お前寝すぎ、そろそろ日が暮れるよ」
「あれ、俺寝てたの?」
「そりゃあもう、ぐっすりと。」
「そっかー」
夢から覚めると、そこは灰猫ちゃんの研究部屋だった。
「なんか、変な夢見た気がするなぁ」
「へぇ、どんなの?」
「あー……忘れちゃった」
「なんだそりゃ」
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