あのときの感覚は未だに覚えている。
薄れゆく意識の片隅で思ったのは、僕は彼を信じていたんだという、思考だった。
***
ゆっくりと意識が浮上する。瞼を開けば、見慣れた天井。
いつもと違うところといえば、僕の視界に彼がいることだろうか。
こちらを抱きしめて眠る彼は、昔とは違う黒髪をしていた。
けれどその顔立ちは、僕の記憶にあるものと変わらない。
「……あたたかいな」
彼の体温を感じながらそう呟く。
生きているのだなと思うと同時に、再会は夢ではなかったのかとも思う。
でもあれも現実だ。僕は確かに、この手で彼を殺した。
ナイフが肉を刺す感触、生ぬるい血と、生命が急速に終わりを迎える気配と、それと……
「……紀沙?」
ぼんやりとした声に我に帰る。見れば、彼の瞳が開いていて、視線が交わった。
「……ごめん、起こしちゃった?」
「ううん……」
そう言いながら、彼は僕の身体を強く抱き寄せる。
「……莉緒?」
「……俺はちゃんとここにいるよ」
まるで僕の心を読んだかのような言葉に驚く。
「……知ってる」
「そっか」
そう言って笑う彼を見ていると、なんだか泣きたくなってきた。
涙が出そうになったので、彼に見られないように強く抱きしめ返す。
「痛いよ、紀沙」
「我慢して」
「えー……」
文句を言いながらも、僕を振りほどこうとはしない。それどころか僕の頭を撫でてくる。
こんな風に甘やかすから、僕はどんどん駄目になるんだろうなあ。
「ねぇ、紀沙」
「ん?」
「俺はちゃんと、ここに居るからね」
「……うん」
彼の胸に顔を押し付ける。温かい。
生きてるなあと思うと同時に、このぬくもりを手放すことなんてもうできないなと確信した。