バクリ、と鯛焼きにかぶりつく。
腹の方からかぶりつけば、ぎっしりと詰まった餡子にたどり着く。
視線の先では獣人領の少女たちが仮面野郎と戯れている。
ちょうど気分転換がしたかったのだ。
ここ数日は書類ばかりと格闘をしていたものだから、ついでに遊びに来ていた仮面野郎も連れ出した。
最初は仮面野郎のその恰好から不審者だと警戒していたトキハも、今ではじゃれつくように彼の紐を追いかけて遊んでいる。
反対にミナトはいまだに警戒を解けていないようだった。
恐らく彼女には"そういうもの"に見えているのだろう。
まあ、仕方がないだろうなと思う。彼女は警戒心が強いのだ。そして酷く慎重。
ふと、思う。
少し思った、本来ならどうでもいい疑問。
気に留める必要もない、些細で、少しの興味と好奇心と考察だけの
「……灰猫ちゃん?俺になんかついてる?」
「……あ」
彼女たちと別れて、いつの間にか目の前に来ていた仮面野郎に少し驚く。
集中しすぎたのだろうか。仕事の感覚が抜けていない自分に少し呆れた。
「……悪い。少し考え事をしていた。……不快だったな」
「いいけど……俺の顔を見て何考えてたんだ?あ、もしかしてー……」
空いている手の方で軽く仮面野郎の腹をこづく。
全く力を込めていないので彼はけらけらと笑っている。
「……たいしたことじゃない。そうだな……単純に君は……君自身のことをどう見えているのか……ってところ」
「……俺は俺だよ。それ以外の何に見える?」
「……ははっ、そうだよなあ。うん、どうでもいい話だ。忘れてくれていい」
それが当然な答えだ。
彼は彼でそれ以上でもそれ以下でもない。
それでいい。
ただ、そう。昔、初めて鏡を見た僕が思ったのは、
「それとも、別の回答が欲しかったか?」
突然ぞわっと、寒気が走る。
いつか夢で見たような、見ていなかったような、気配がする。
周囲の奴らは何も感じていないような、僕らと彼らとで世界が切り離されているような。
落ち着いて僕が一つため息をつくと、途端に空気が軽くなる。
こういう相手には慣れている。対処も理解している。
自分のペースを崩したら飲み込まれる。それだけの話。
「……いや、別にいい。答えが欲しいわけじゃないし、思考を回すのが癖になってるだけだから気にしないで」
「おや。探求の先の真理は……なんて言うのに?」
「……」
けらけら笑う仮面野郎に再びため息がこぼれる。
そんな彼に対して、僕は指を三本立てた。
「理由は三つ」
「ほう?」
「一つ目に好奇心は猫を殺すこと。過剰な好奇心は身を滅ぼす。それに、わざわざ暴く必要もないのに嫌なことをする理由もないだろ」
「嫌だって言ったっけ?」
「いや、言われたことはない。でも……理由がなんであれ、君がトキハからのらりくらりとかわしているのを見れば当然のこと。見え方感じ方の違いがあれど、行動は君だ」
そう言ってから鯛焼きの頭にかぶりつく。
うん。適度な柔らかい甘さだ。
飲み込んでから一つ指を折った。
「……二つ目」
「うん」
「僕が君に僕の本当の姿を見せていない。僕が僕自身を何なのかを証明できない。これは不公平だ。特に君と友人という立場の僕にとってね」
合間合間に食べているが、仮面野郎は素直に僕が喋るのを待っている。
彼にとっても興味深いのか、それとも観察の一種か。それとも何か別のことがあるのか。
僕にとってはどうでもいいのだけれど。
「固定の概念を持つ僕でさえ、僕は僕でしかない。そう考えている。そう思えばこれは愚問だ。ただし、僕個人の考えでしかない。ならば、思考を巡らせようと無意味ではない。複数の観点は、真理への道の一つだからね」
「へえ……?それで、三つ目は?」
「三つ目……ねぇ。簡単な話さ」
肩をすくめて笑ってみせる。
そうして、残った最後の尻尾を口に放り込み、咀嚼して飲み込んでから立ち上がる。
酷く残酷な、暗く吐き気のする"あれ"を思い出しながら、そしてそれを記憶の奥へ奥へと押しやった。
「深淵なんて1度見れば十分なんだよ」
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